大阪府・河内長野市在住の色鉛筆画/色鉛筆絵師「山芹健」の公式ホームページ。色鉛筆の限界に挑戦するアートとしての色鉛筆画を目指しております。

色鉛筆画

色鉛筆画

天晴れ

2010/08/13

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非常に耳にここちよい響きのことばである。
なにか崇高な西洋風の騎士にでもなったような気がする言葉でもある。
もともと武士は北面の武士と呼ばれるように、御所の警備を受け持っていた。市中の警察機構は検非違使であるので、さながら現代ではSPにあたるだろうか。
武士の氏族は平家と源氏が代表格である。後年の武家社会では多くはいずれかの先祖ということになっていた。
また将軍は原則的には律令体制の軍事部門、出先の駐屯地の頭目という位置づけであるためほぼ「源氏」「源」であることが常識であった。
不思議なことに一般的には下克上と呼ばれる時代を経ても手続き上は北面の武士が地方へ派遣された将軍という形をとっていたのである。
このため後年幕末に諸外国が日本の国王との条約を締結しようとしたときに混乱が起こる。
西洋における絶対君主というものは日本には継続して存在することができないからである。天皇は形式上日本の国王のように見えるが実権はもっていない。実権とは権力による国内支配である。けれど天皇は実質的にはその権力の裏づけになる自前の軍隊を保持していない。
よって国王であるところの天皇は実働軍隊を保持する諸国の官僚(大名である)に命令して間接的に軍隊を動かすことになる。
この官僚のひとつが将軍である。
正式には征夷大将軍と呼ばれ。平定されているという認識における国内において、いまだ平定されていない東国・東北国の恵比寿を平定するために実働させることを目的にした部門である。
建前上国内は天皇によって治められていることにならなければ天皇の威信にかかわるからで、それが実情と異なっていても支障はない。
ただ外国から見た場合は、軍隊を保持し、実働権力を持ち、政治を執り行っている将軍がどう見ても国王に見える。

太平の世においては過度の実力誇示は害悪である。現政権の維持に死力するためには実力本位の道徳は不要で、ひたすら上意、雇用主に従属する精神構造が要求された。

中世において天下奪取が美徳であったのがいつの間にか忍従が武家の徳目とされるようになり、その忠誠意識はひたすら様式化された。
様式美は個人の思考を停止させる。

本来個々の権利を守るために組織づくられた幕府という母体が、武家個人を支配しその生殺与奪の権利を得るようになったとき、その無法を正当化するために武士道は「道」として位置づけられたと見るべきであってそれ以上の崇高な思想は無い。