大阪府・河内長野市在住の色鉛筆画/色鉛筆絵師「山芹健」の公式ホームページ。色鉛筆の限界に挑戦するアートとしての色鉛筆画を目指しております。

色鉛筆画

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母性本能

2010/02/04

一般に女性は母性本能を持っているという認識がある。
あらゆる議論はその本能を持っていることを前提としてなされる。
けれど、時々思うのだが、女性ははたして母性本能を持っているのだろうか。
ここで間違いやすいのは、母性本能と母性愛の混同である。
母性愛は誰でも持っているものではない。
愛は本能的に所存するものではなくひたむきに尽くすものでだからだ。
一方、母性本能は多くの動物が天性からの所有している能力であり、その能力はもっぱら種の保存を目的として与えられている。
誰から?
神様かな。
またその本能の表現方法は同一種ではほとんど差が見られない。
当たり前だが創意工夫などというものはないのである。
動物が子供にえさをやるのも、外敵から身を賭して守るのも本能による行為であり、そこには打算も無いが個体としての愛情も無い。
なぜなら本能であるから。
本能とは結局思考停止状態を言うといっても差し支えない。
では人間はどうなのか。人間の母性は子供ができたからといってその子供の育児を天然自然的に熟知しているわけではない。多くは先輩からの指導を得なければ育児そのものができない。
近来の核家族化により幼少からの乳幼児を目にすることの少なくなった環境下においてはなおさらである。
多くの女性はさまざまな参考文献をもちいて子供を育てる。そこに本能の余地はあるのか。それは本能ではなく努力であり、努力の根源は知性に基づく愛情である。
他方、男性においてはその差異は顕著であ女性のように自身が身ごもり産み落とすという行為なしに突然父親となる。男性には父性本能があるのだろか。先の経過を見れば明らかなように父性を認識する経験がまずない。さらに父親となった現実は自身の認識以前に外部からの指摘によるため多くは自己認識を強制というかたちで納得させられる。
父親にとって子供は自身の配偶者の愛情を競うライバルでありながら社会的には庇護の対象であるというやっかいな存在である。
その基盤にあるものは父性本能以前の普遍的愛情であり自身の子供とみなした個体に対する父性愛である。
人間は他の動物に比べて欠点の多い本能の欠如した種ではあるが愛情の濃い種でもあるといえる。

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